大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1602号 判決 1961年12月20日

控訴人 原告 横溝直也

訴訟代理人 内田正己 外一名

被控訴人 被告 稲井弘

訴訟代理人 尾崎忠衛

補助参加人 稲井保

主文

本件控訴ならびに控訴人が当審でなした確認の請求は、いずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決をとりけす、被控訴人は控訴人にたいし、東京都大田区市野倉町三七七番地畑二反六畝二六歩のうち南側一五五坪中別紙図面表示Cの地上に存んする木造トタン葺平家建一棟建坪五坪を収去してその敷地一五坪をあけわたすべし。控訴人と被控訴人との間においてみぎ図面表示Bの土地(五〇坪)について、昭和二一年七月一二日成立の賃貸借契約に基く被控訴人の賃借権の存んしないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との旨の判決ならびに確認の部分をのぞき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

(控訴人の主張する事実)

一、(請求原因)控訴人は請求の趣旨記載の一五五坪の土地を所有しているが、被控訴人は控訴人に対抗しうべきなんらの権原がないのに、みぎ土地の一部である別紙図面表示のCの部分に同図面表示の建物を所有してこれを占有しているので、控訴人はみぎ土地の所有権にもとずき被控訴人にたいし、前記建物を収去してみぎ土地をあけわたすべきことを求める。なお、被控訴人はみぎ控訴人所有の一五五坪の土地の一部たる前記図面表示Bの部分五〇坪の土地につき、控訴人がこれを賃貸した事実がないのに、昭和二一年七月一二日控訴人から賃借した土地の一部であると称して地上に建物を所有し、みぎ建物が昭和三五年秋ころとりこわされた今日もなお、被控訴人に賃借権があると主張するので、前記契約にもとずく被控訴人のための賃借権が存在しないことの確認を求める。

二、(被控訴人主張の賃貸借契約にたいする答弁)

1、控訴人と被控訴人との間に本件係争土地をふくむ一五五坪の土地について被控訴人主張のような賃貸借契約が成立した事実は否認する。控訴人はさきにみぎ賃貸借契約の成立を認めたが、みぎ自白は錯誤にいで、かつ真実に反するからこれをとりけす。その余の被控訴人主張の事実(2ないし5)はいずれもこれを否認する。

2、みぎ一五五坪の土地については、訴外稲井保が訴外田中三郎から昭和二〇年一二月中地上建物を買受けると同時に控訴人の承認をえてその賃借人となつたものである。

三、(被控訴人の主張にたいする控訴人の仮定抗弁)

かりにみぎ一五五坪の土地について、被控訴人、控訴人間に被控訴人主張のような賃貸借契約が成立したとしても、みぎ賃貸借契約は控訴人においてこれを解除した。すなわち、被控訴人はみぎ土地を保に転貸し、保において地上に二階建建物一棟を所有していたが、みぎ建物について設定せられた抵当権の実行による競売手続が開始せられ、昭和二六年九月二八日競落許可決定によつて訴外岡島盛三が競落によりみぎ建物の所有権を取得し、これに伴つてみぎ土地の転借権も競落人に移転した。そこで、控訴人は昭和二七年九月中、そのころ到達の書面で、みぎ転借権の無断譲渡を理由として被控訴人にたいする前記賃貸借契約を解除した。

(被控訴人の主張する事実)

一、(請求原因にたいする答弁)控訴人主張の請求原因事実は被控訴人の本件土地の占有が不法である、という点ならびに控訴人、被控訴人間に本件土地について賃貸借契約が存在しないという点を除いてすべてこれを認める。

二、(被控訴人の本件土地の占有権原)

1、被控訴人は昭和二一年七月一二日控訴人から本件土地(別紙図面B、Cの土地)および競落建物の敷地をふくむ控訴人主張の一五五坪の土地を建物所有の目的で、賃料坪当り一ケ月金三五銭期限を定めず、との約で賃借した。

2、昭和二五年一〇月五日みぎ契約を書面による契約にあらため、その際書面によらなければ契約解除できない旨特約した。

3、被控訴人はみぎ契約の当初から賃借土地中別紙図面表示B、C合計六五坪を被控訴人の建物敷地として使用し、残九〇坪は補助参加人保所有の建物の敷地として使用せしめることとし、保使用部分を同人に転貸することについて控訴人の承諾をえた。

4、そして、昭和二六年一月一〇日被控訴人は別紙図面のようにその賃借部分を六五坪(同図面B、C)に減縮するとともに、訴外稲井保はその転借部分九〇坪(同図面A)を控訴人から直接賃借りすることとなり、一五五坪分の賃料(一ケ月につき金六五〇円)は被控訴人および保両名が坪数に応じて按分負担し、連帯してこれを支払うこと、期間はいずれも定めなし、という契約になつた。

5、以上のしだいで、被控訴人の本件Cの土地の占有は前記昭和二一年七月一二日成立した賃貸借契約にもとずくものであり、Bの土地についても、被控訴人は前記土地賃貸借契約にもとずく賃借権を有するものである。

三、控訴人の自白の撤回には異議がある。

四、控訴人の契約解除の抗弁事実はこれを否認する。ただし、被控訴人が保所有の建物敷地を同人に転貸していたことは前記のとおりで、これを認める、また、控訴人主張の保所有の建物について抵当権の実行による競売手続が開始せられ、その主張のように競落許可決定があつたことは認める。

(証拠関係)

控訴人において甲第八号証、第九号証の一ないし五、第一〇、第一一号証を提出し、当審における証人横溝ぎん、同岡島盛三、同横溝すみよの各証言ならびに控訴本人尋問の結果を援用し、乙第一九、第二二号証、同第二七、第二八号証の成立ならびに同第二七、第二八号証の原本の存在は知らないが、同第二〇、第二一号証、同第二三ないし第二六号証の成立は認める、と述べ、被控訴人において乙第一九ないし第二八号証を提出し、当審における証人成瀬幸男、同稲井保の各証言および控訴人ならびに被控訴人稲井保各本人尋問の結果を各援用し、甲第八号証、第九号証の一ないし五、同第一一号証の成立ならびに第一一号証の原本の存在は認めるが、同第一〇号証の成立は知らない、と述べたほか、原判決事実らんにしるすところと同一の証拠の提出、援用、認否をしたので原判決事実らん中当がい部分を引用する。

理由

控訴人が本件係争土地をふくむ請求の趣旨記載の一五五坪の土地を所有していること、被控訴人が控訴人主張のC家屋一棟を所有し、その敷地たる別紙図面表示Cの土地を占有していることは当事者に争いがなく、被控訴人が別紙図面表示Bの土地について控訴人主張の契約にもとずく賃借権を主張していることは本訴の経過にてらしあきらかである。

そこで被控訴人のみぎCの土地の占有権原ならびにBの土地に関する被控訴人主張の賃貸借契約の存否について判断する。

被控訴人は昭和二一年七月一二日前記一五五坪の土地を建物所有の目的で、賃料坪当り一ケ月三五銭の約で期間を定めず賃借りした旨主張し、控訴人はみぎ事実を認めたが、その後みぎ自白を撤回したので、この自白の撤回の効力について判断する。

当番における証人横溝すみよの証言ならびに控訴人本人尋問の結果中に前記一五五坪の土地の賃借人が稲井保であつて控訴人でないように推測される供述部分があるけれども、これらの部分は成立に争いのない乙第一二号証の二および四、原審における被告稲井保本人尋問の結果によりその成立を認める乙第一号証の各記載と原審ならびに当審における被控訴人稲井保本人尋問の結果にてらし、信用できない。その他控訴人提出援用の全証拠によつても、未だみぎ自白が真実に反し、かつ錯誤にいでたものと認めることはできないから、控訴人のみぎ自白の撤回は無効である。

されば、本件係争土地をふくむ一五五坪の土地について被控訴人主張どおりの賃貸借契約が成立したものといわねばならない。

そこで進んで控訴人の仮定抗弁について判断する。

控訴人主張の一五五坪の土地のうち保所有の建物敷地を被控訴人が同人に転賃していたこと、みぎ保所有の建物について抵当権の実行による競売手続が開始せられ、控訴人主張のように競落許可決定のあつたことは当事者間に争いのないところである。

控訴人はみぎ競落によりその敷地の転借権も競落人に移転することとなるが、控訴人はこの転借権の譲渡について承諾をあたえたことはないから、みぎ転借権の無断譲渡を理由として被控訴人との土地賃貸借契約を解除したと主張するが、みぎの場合において前記土地の転借権が競落人に譲渡せられたものと解するを相当とすることは控訴人主張のとおりであるが、この転借権を譲渡したのは転借人保であつて被控訴人でないことは控訴人の主張自体からもうかがわれるし、またことのなりゆきからいつても、もとより当然のことであるから、結局控訴人のみぎ主張は、転借人保の無断転借権譲渡を理由として土地賃借人たる被控訴人にたいする前記土地賃貸借契約を解除したというに帰するが、被控訴人保間の前記転貸借契約が賃貸人たる控訴人に無断でなされたというような事情その他転借人保の行為の責任を賃借人たる被控訴人に追及することを妥当とするような特別の事情が存んする場合は格別(かえつて、原審ならびに当審における被控訴人稲井保本人尋問の結果および原審におけるみぎ保本人の供述によりその成立を認める乙第一号証の記載をあわせると、昭和二一年七月一二日訴外田中三郎は控訴人主張の一五五坪の土地上のAの建物(別紙図面表示)を保に、B、Cの建物(同図面表示)およびみぎ土地全部の賃借権を保の二男たる被控訴人にゆずりわたし、そのころ保は被控訴人の代理人として控訴人からみぎ土地全部を前認定のとおり被控訴人名義で借りうけたが、ゆくゆくはみぎ借地を各自の建物敷地に応じて分割賃借りすることについて控訴人の了解をえており、それまでの間被控訴人が保にAの建物の敷地を転貸していたもので、控訴人もすくなくともこれを暗黙のうちに承諾していたと認めることができる)かような特別の事情の主張立証のない本件においては、転借人の無断転借権譲渡を理由として賃借人にたいし土地賃貸借契約を解除しうると解すべきなんらの根拠もないから、控訴人のみぎ主張はとうてい採用に価しない。

されば、控訴人のみぎ仮定抗弁は他の点について判断するまでもなく失当である。

ところで、被控訴人は昭和二六年一月一〇日その借地部分を別紙図面表示B、Cの部分合計六五坪に減縮した旨自陳しているから、控訴人、被控訴人間の賃貸借契約は今なおみぎ部分につき存続しているものというべきである。したがつて、被控訴人がみぎC地上に建物を所有してこれを占有しているのは正権原に基ずくものであり、みぎB地につき前記賃貸借契約に基ずく賃借権を有することはあきらかであるから、控訴人の本訴請求は失当で棄却をまぬかれない。

これと同趣旨に出でた原判決は結局において相当で、本件控訴は理由がなく、控訴人の当番であらたになした確認の請求もまた理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 牧野威夫 判事 谷口茂栄 判事 満田文彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例